導入:なぜ「採用」がうまくいかないのか?
多くの企業で、採用は「人事の仕事」として片付けられている。だが、現実には誤った採用によってチームの機能が崩れ、成長の足かせになるケースが後を絶たない。短期的な採用目標に追われた現場が、口減らしや“今足りていない業務”の穴埋めで人を採り、結果としてカルチャー不一致や早期離職を招いてしまう。
採用に必要なのは、思想と制度である。単なるKPIや直感的な判断ではなく、「なぜこの人をこのタイミングで、どんな意図で採るのか」という問いに応えられる設計と態度が求められる。
採用とは経営そのものである
採用は組織における最も重要な投資であり、本来は経営者が中長期でコミットすべき領域だ。スケールする企業の共通点は、魅力的な事業そのものが採用力を生んでいる点にある。採用活動の成否は、会社の「中身」が問われているのだ。
たとえば、急成長するスタートアップが優秀な人材を引き寄せるのは、待遇や広告ではなく「この事業に関わりたい」という納得感によるものが大きい。
また、採用指標は短期的な充足率や応募数といったものだけでは不十分である。むしろ、そうした短期指標が中長期の目線から逸脱しないよう、両者を相互監視する設計が必要だ。マネジメント層はこの視点を持たずして採用を語るべきではない。
採用は「行動量がすべて」と言われることもあるが、ルールや思想と整合しない行動量はむしろ組織のノイズになり得る。数を打つ前に、何を目的とした行動かを問うべきである。
ポジション定義と採用条件の精度がすべてを決める
「とにかく手が足りないから誰かを入れる」という姿勢が、最も採用の質を損なう。求めるスキル、担うべき役割、それに対する評価基準は、すべて明示されていなければならない。あいまいなまま進めれば、入社後に「話が違う」となるのは必然である。
たとえば「マーケティング担当が欲しい」と言っても、戦略設計・運用・分析・制作ディレクションなど役割は多岐にわたる。ここを定義せずに採ると、本人と会社の期待がズレ、早期離職につながる。
カルチャーフィットも同様だ。「雰囲気が合いそう」「空気感が良い」といった言語化されていない基準ではなく、組織として明文化された価値観に対する適合性を問わなければならない。
また、ラーニングコストの線引きも重要である。例えば、社内独自ツールの使用には一定の習熟コストが伴うが、基本的なPC操作やコミュニケーション能力は前提条件であるべきだ。どこまでを“教える範囲”とするかを事前に合意しておくことで、無駄な不満や誤解を防ぐ。
採用広報と接点設計の落とし穴
候補者と最初に出会う接点はすべて、採用ブランディングの一部である。SNS、求人票、会社説明資料、社員の発言に至るまで、言語・トーン・表現が一致していなければならない。どこかで矛盾が生じれば、組織に対する不信感が生まれる。
たとえば、求人票で「自律的に動ける人歓迎」と書いていたにもかかわらず、入社後は細かく上司が介入してくるような体制だった場合、ギャップが発生するのは当然だ。
特に注意すべきは、「使ってはいけない接点」を明文化することだ。特定のメディアや採用チャネルには、その性質上誤解を生みやすいものがある。全社でそのリスクを共有し、発信設計の制限を定めることが必要だ。
なお、トップセールスを採用に巻き込むのは、評価者としてではない。彼らは会社の本質を言語化できる稀有な存在であり、候補者に「なぜこの会社なのか」を納得感をもって伝える役割として有用である。
面談とは事実と思想の開示である
面談は選ぶ場であると同時に、選ばれる場でもある。面談中に事実を誤って伝えること、曖昧な表現を放置することは、のちの信頼関係を大きく損なう。会社は絶対にウソをついてはならない。
たとえば、「リモート可能」としていながら、実際は週3日は出社が必須だった場合、「聞いていた話と違う」という信頼崩壊につながる。こうした表現は誤認を防ぐ形で細かく記述すべきである。
曖昧な言葉こそ誤解を生む。だからこそ、言葉を深掘りし、候補者の理解や解釈をすり合わせていくことが重要である。
選考・評価の正しさとは何か?
選考において最も避けるべきは「なんとなく良さそう」「雰囲気が良い」という属人的判断である。評価は必ず会社のルール・基準に照らして行わなければならない。
たとえば、明文化されたコンピテンシー評価やスコアリングの仕組みを使えば、「Aさんの方が印象は良かったが、実際の業務スキル評価ではBさんが高い」といった構造的判断が可能になる。
違和感がある場合は絶対に採用してはならない。小さなひっかかりこそが、大きな組織リスクの兆候である。
選考スキルは体系的な知識と訓練によってのみ獲得可能であり、業務経験だけで語れるものではない。社会や企業構造への理解が浅い者に、評価者は務まらない。
評価結果は必ずドキュメントに残し、再現性と検証性を担保すること。誰が・なぜ・どう評価したかを明らかにできない採用は、組織にとって暴力である。
オファーと入社──嘘を排除せよ
条件提示や入社時に発生するトラブルの多くは、「言っていたことと違う」という齟齬から起きる。候補者側の記憶違いや誤認もあるが、企業側が誤解を生む設計になっていた場合、その責任は免れない。
たとえば「年収600万円」と提示しつつ、実際には業績連動や役職条件が未開示で、実質500万円台になるようなケースは、炎上の火種となる。
ダウンサイドを隠さず開示し、条件・役割・裁量の全体像を正確に伝える。採用担当者の言動にズレがあった場合でも、会社の制度として粛々と修正される構造を用意しておくべきである。
オンボーディングは制度の最終出口
採用のゴールは入社ではなく、戦力化である。にもかかわらず、オンボーディングが感覚的なOJTに依存している会社は少なくない。それでは何が不足し、どの段階で離脱が発生するか、構造的に把握できない。
「何を教えるのか」「どこまでを自走に委ねるのか」を明確に分けたオンボーディング設計が必要だ。新入社員に任せるべきでない学習、逆に彼ら自身に自走を期待してよい領域、その線引きを事前に明示することで、双方のストレスが大きく軽減される。
たとえば、社内ツールの操作手順は動画とマニュアルで統一し、Slackの使い方や業務報告フォーマットは初日に演習として落とし込む、など明文化された仕組みで対応する必要がある。
無駄な離職を減らすためには、「無駄な離職とは何か」を会社として定義しておく必要がある。その認識がないままでは、改善も再発防止も不可能である。
結論:採用は「思想×制度×行動量」である
採用は感覚や空気で進めるべきものではなく、構造的に設計され、継続的に検証されるべきプロセスである。
スケールする企業には共通して、「採用は思想であり、制度である」という視点が根付いている。どのような人材を、どのような思想と設計に基づいて迎え入れるのか。そのすべてが、未来の組織を規定する。
採用における一つひとつの判断が、企業の思想そのものなのである。