この記事の意図:
営業などの成果がKPIで評価される現場において、単純な数字評価では見抜けない「嘘」や「演出」が存在します。この記事は、虚偽申告の背景にある心理や文化、そして3軸(行動・成果・虚偽)による構造的なマネジメントの必要性を整理し、具体的な対応指針を提示するものです。
報告を信じるのではなく、構造を信じる──それがマネジメントの本質です。
1. KPIだけで評価すると、世界は2×2に見える
この2×2の分類はとても直感的で、KPI未経験のマネージャーにも扱いやすいフレームです。しかし、実際にはこのフレームだけで人の行動や成果を判断することには限界があります。
たとえば「コール未達・成果未達」な人が本当に努力していないのか?あるいは「コール達成・成果達成」な人が運で成果を出しただけなのか?といった実態は、このフレームからは読み取れません。
現場では、数値に表れない“背景”が必ずあります。上司に良く見せたい、失敗を隠したい、あるいは目立ちたくないという意図的な「演出」がそこに加わることで、KPIの表層だけでは人の本質が見えにくくなります。
営業マネジメントでは、「行動(たとえばコール数)」と「成果(たとえばアポ数)」を軸にして、
パフォーマンスをシンプルに分類することがよくあります。マネジメント初心者にとっても、
「件数は足りたか」「成果は出たか」という2軸の視点は非常に理解しやすく、評価も簡単に見えます。
たとえば以下のような4象限:
コール数 \ アポ数 | 未達 | 達成 |
未達 | ❌ 行動も成果も未達 | ⚠️ 少数精鋭型 |
達成 | ⚠️ スキル課題あり | ✅ 完全達成 |
この分類に基づくマネジメントは、数値による明確な評価軸を持てる点では有効です。
しかし実際の現場では、数値には「演出」が入り、見かけ通りではないケースが多く存在します。
この段階では、まだ「数字=事実」と信じたい誘惑があります。しかし、現場でマネジメントをしていると、数値が「事実とは限らない」ことに気づく瞬間が必ず訪れます。
2. 実際の現場では、「虚偽申告」という第3軸がある
この「虚偽申告」は、単なる嘘つき行動だけでなく、組織文化や心理的安全性の問題から発生する場合があります。
たとえば:
- 過剰評価が怖くて、本当は300件やったのに200件と控えめに言う(成果を出しすぎると来月もっと求められるかも、という不安)
- チーム内で目立ちすぎたくないという空気感があり、成果報告を縮小する
- 逆に、プレッシャーや不安から「少し盛って報告すれば楽になる」と自己正当化し、実態以上の報告をする
こうした心理は、数字の「正しさ」そのものを崩壊させる要因になります。マネジメントとは、数字のチェックではなく、こうした申告の背景を見極める力でもあります。
KPIが数値である以上、操作は可能です。たとえば、
- サボったが「200件かけた」と虚偽申告する
- 実は300件かけたが「200件でいいや」と過少申告する
こうした虚偽申告の背景には、自己防衛・配慮・文化の影響などが複雑に絡んでいます。
つまり、KPI評価には次の3軸が関与しているのです:
- 行動(どれだけやったか)
- 成果(何件とれたか)
- 虚偽の有無(どこまで正しく申告しているか)
この3軸により、単純な「頑張った/頑張っていない」の評価では済まなくなります。
この視点を持つことで、マネジメントは「数値の裏にある人間理解」の側面が求められることになります。
3. 心理的背景・文化的要因とKPI評価の再解釈
数字は人の行動を示す客観的な指標ですが、あくまで「その人が何をどう報告したか」の結果でしかありません。
たとえば、同じ200件というコール報告でも、
- Aさんは300件実施して控えめに報告している
- Bさんは実際には100件で盛って報告している
ということが起き得ます。
ここに影響を与えるのは、個人の心理的状態(評価への恐れ・自己肯定感の低さ)や、組織の文化(成果を過度に称賛/失敗を許さない風土)です。
マネジメントとは、こうした背景を常に仮説として持ち、行動の奥にある“構造”を解釈する視点を持ち続ける行為です。
数字の正しさを前提とするのではなく、むしろ「数字は嘘をつく可能性がある」ことを理解した上で、メンバーの状態を観察し、対話し、状況の全体像を構造的に捉える必要があります。
その上で初めて、数値の背後にある意味を読み取れるようになります。
3-1. 実態は「行動 × 成果 × 申告」の3×3×3=27通り
この3軸で整理すると、営業担当者の状況は27通りの掛け算のパターンが存在します。
No | 実態コール数 | アポ数 | 申告 | 表面評価 | 実態評価 | 備考例 |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | <200 | <2 | 正直 | ❌ | ❌ | 行動・成果ともに未達 |
2 | <200 | <2 | 盛る | ⚠️ | ❌ | 嘘つき・成果も出ず |
3 | <200 | <2 | 過少申告 | ❌ | ❌ | サボりアピールで成果も出ない |
4 | <200 | =2 | 正直 | ⚠️ | △ | 効率は良いが行動再現性に疑問 |
5 | <200 | =2 | 盛る | ✅ | △ | 嘘で盛って成功風/成果再現性に課題 |
6 | <200 | =2 | 過少申告 | ⚠️ | ◯ | 本当はすごいのに過小申告/マネジメントの盲点 |
7 | <200 | >2 | 正直 | ⚠️ | ◯ | スーパーマン型。再現性とスケール性検討要 |
8 | <200 | >2 | 盛る | ✅ | ◯ | 嘘つき高成果型。評価が読み違う可能性 |
9 | <200 | >2 | 過少申告 | ⚠️ | ◎ | 最優秀プレイヤー隠れ型 |
10 | =200 | <2 | 正直 | ⚠️ | △ | 行動したが成果が出ない/質的改善が必要 |
11 | =200 | <2 | 盛る | ⚠️ | △ | コール数の虚偽だが、成果は同じ |
12 | =200 | <2 | 過少申告 | ⚠️ | △ | 成果不足なのにコール隠し/改善対象 |
13 | =200 | =2 | 正直 | ✅ | ◯ | KPI型優等生 |
14 | =200 | =2 | 盛る | ✅ | △ | 虚偽だが成果OK/信頼には影響 |
15 | =200 | =2 | 過少申告 | ✅ | ◯ | 謙遜型/評価に影響なし |
16 | =200 | >2 | 正直 | ✅ | ◎ | 高成果プレイヤー/理想的 |
17 | =200 | >2 | 盛る | ✅ | ◯ | 盛った分評価過剰になる |
18 | =200 | >2 | 過少申告 | ✅ | ◎ | 謙虚なエース型/評価にブレあり |
19 | >200 | <2 | 正直 | ⚠️ | ⚠️ | 努力は認めるが成果に課題 |
20 | >200 | <2 | 盛る | ⚠️ | ⚠️ | 成果なし/努力強調型 |
21 | >200 | <2 | 過少申告 | ⚠️ | ⚠️ | コール数実は高いが成果ゼロで隠したい |
22 | >200 | =2 | 正直 | ✅ | ◯ | 高努力でKPI達成/理想 |
23 | >200 | =2 | 盛る | ✅ | △ | 見た目だけの成功風/嘘が文化を濁らせる |
24 | >200 | =2 | 過少申告 | ✅ | ◯ | 謙遜型/見える化の工夫次第 |
25 | >200 | >2 | 正直 | ✅ | ◎ | 完全理想/文化を引っ張る |
26 | >200 | >2 | 盛る | ✅ | ◯ | 虚偽で見た目はスーパースター |
27 | >200 | >2 | 過少申告 | ✅ | ◎ | 本物のエース型/周囲が気づかないと損をする |
このように、表面上の数字では判断できない「実態」が多く潜んでいます。
4. 27通りは「マネジメント視点」で7つのタイプに集約できる
この27パターンをそのまま管理するのは困難です。そこで、マネジメント上有効な視点に基づき、 以下の7タイプに再分類することで、判断と対応がしやすくなります。
タイプ | 典型パターン | 特徴 | 優先対応 |
🏆 本物のスター | 超過・成果あり・正直 | 理想。伸ばす・守る | 守る・共有する |
🟠 行動偏重型 | 行動超過・成果未達・正直 | 努力型。スキル課題あり | 育てる |
🟡 成果先行型 | 行動少・成果あり・正直 | 再現性不明 | 型化または見極め |
🟦 隠れたエース | 成果・行動あり・控えめ | 評価されにくい | 信頼構築 |
⚪️ KPI優等生 | 毎回200件2件 | 惰性・挑戦しない | 継続監視・刺激 |
🟥 嘘つき凡人 | 行動・成果とも未達で申告は盛る | 評価を誤らせる | 監視・是正 |
🔲 正直な凡人 | 行動・成果とも未達 | 変化がない | 再起動または配置見直し |
この分類を共通言語化することで、現場でのマネジメント方針の一貫性が生まれます。
5. 誰を育て、誰を守り、誰を監視すべきか?
この分類を基にマネジメントを実行する際、重要なのは“タイプごとに適切なスタンスで接すること”です。 特に経験の浅いマネージャーにとっては、「全員を同じやり方で伸ばそうとする」「成果だけで判断してしまう」などの過ちに陥りがちです。
そのために有効なのが、事前にプレイヤーを分類し、対応方針を明文化することです。誰にどのような期待を持つのか、その理由とともに共有し、チーム全体で一貫した接し方ができるようにすることが、組織の安定的成長に繋がります。
マネジメント未経験の方でも対応しやすいように、 分類ごとの「優先順位と対応方針」とその背景となる理由」を以下に示します:
✅ 注力の優先順位(前提:人数にリソース制約あり)
優先 | タイプ | 注力理由・狙い |
---|---|---|
① | 🟠 行動偏重型(努力型) (No.19, 21) | – コールは多く、改善可能性が高い – 営業スキルの改善で最短距離で成果が出せる – 他メンバーへのナレッジ展開に向く(型化しやすい) |
② | 🟡 成果先行型(少数精鋭) (No.4, 7) | – 再現性があるかどうかを早期に検証 – 再現性があれば、効率型営業スタイルの新モデル化が可能 – 属人性が高すぎる場合は「型」へ吸収させる |
③ | 🟦 隠れたエース (No.27, 18) | – 本来は組織の武器。だが、なぜ過少申告するのかの心理要因を解明しないとリスク – 信頼構築・本音把握ができれば文化のキーパーソンになり得る |
④ | ⚪️ KPI型優等生 (No.13) | – 惰性化リスクはあるが、コントロールしやすく安定 – 評価指標の微調整や目標上積みで**「次のステージ」へ引き上げられる** |
⑤ | 🟥 嘘つき凡人 (No.2, 20) | – 改善可能性が低く、嘘の文化拡散が最大リスク – すぐに成果を求めるのではなく、“嘘を許さない文化”の明示と監視体制の強化から着手 |
⑥ | 🔲 No.1:正直な凡人(ゼロ変化型) | – 動機が不明、行動も少ない、成果もない – 時間対効果が最も低いため、1on1や自己選択課題を与え、自走化を促す程度で十分 |
✅ 補足:なぜ「努力型」から注力すべきか?
理由 | 説明 |
---|---|
✊ 行動している=変化を起こせる土台がある | 行動ゼロの人間より、圧倒的に改善スピードが早い |
🔁 ナレッジ転用が可能 | スクリプトや切り返しトークの改善は他のメンバーにも波及可能 |
🧠 自責で動いている場合が多く、伸びやすい | 他責傾向のある「嘘つき」よりも、変化を素直に受け入れやすい |
6. 実際にどう対応すべきか?|マネジメント施策リスト
ここでは、各タイプへの対応にあたって具体的にやってはいけないNG対応例やよくあるマネジメントの失敗例も添えておきます。
マネージャーによくある誤り:
- 行動偏重型に対して「もっと頑張れ」と精神論で追い詰めてしまう(→実際はスキル改善が鍵)
- 隠れたエースに「大したことないよね」と言ってしまい自尊心を傷つける(→沈黙からの離脱リスク)
- 成果先行型を「ラッキーパンチでしょ」と決めつけてナレッジ化しない(→再現チャンスを逃す)
こうした失敗を防ぐためにも、対応方針を“戦略的に設計し、感情ではなく分類に基づく”判断が重要です。
以下は、各タイプ別に具体的なアクション施策を一覧化したものです。
タイプ | 具体施策 |
🟠 行動偏重型 | ・録音・商談レビューでスクリプト改善・断られ理由の構造化ログを毎回提出・1日1改善の習慣化と週次1on1伴走 |
🟡 成果先行型 | ・成果事例の分解(Who/Why/How)・本人による勝ちパターンの言語化とナレッジ共有・属人性を排除するためのロール化支援 |
🟦 隠れたエース | ・申告が控えめな理由を1on1で聞き出す・評価制度の透明化と本人の納得感醸成・リーダー候補としての期待を言語化して伝える |
🏆 本物のスター | ・社内事例共有や指導ポジションの依頼・チャレンジ領域の提示(飽き防止)・継続的な報酬設計や目標の再設定支援 |
⚪️ KPI優等生 | ・「+10件チャレンジ日」の導入・KPI達成だけでなく挑戦行動の可視化評価・惰性化の兆候を継続モニタリングする体制づくり |
🟥 嘘つき凡人 | ・SFAや通話記録によるデータ連携と可視化・虚偽申告へのルール明示と是正アクション・必要に応じて再配置や評価制度の見直し検討 |
🔲 正直な凡人 | ・行動目標をスモールステップに分解・朝予定+夕方実績報告の習慣化・動機が見えない場合は適性再評価・配置転換検討 |
✅ 結論:KPIの次に見るべきものは「人間の構造」
この分類や施策を絵に描いた餅にしないためには、実際の運用場面に組み込むことが重要です。 たとえば:
- 週次1on1で「どのタイプに当てはまるか」を仮分類してから会話に入る
- 月次チームMTGで各タイプへの対策共有(成功事例・失敗事例を出し合う)
- 評価面談や昇進検討時にこの分類に基づいて対話・記録する
KPIは便利な指標ですが、それ自体は真実ではありません。大切なのは、 「なぜそのような行動になったのか」「なぜそのように申告したのか」を理解しようとする姿勢です。
人は数字ではなく、背景を持った構造体です。
KPIは“見える化”のツールではなく、 “見ようとする意志”を持ったマネジメントで初めて意味を持つ。